☆クラブのコンセプト |
努力が必ず報われると信じ、努力する人は
努力の重要性を体験した人です。
頑張った事で、良い結果を自分のモノに出来た人です。
当クラブの【システム、プログラム、指導内容】は
努力の重要性を体験出来る様に セットされています。
そのようにセットされたものにより
「わくわくする楽しさ」
「苦しみを乗り越えた時の充実感」
「どきどきする面白さ」
一つ一つを積み重ねて出来上がった時感じる
達成感などの感動を
身体と心で感じる体験を多く持つ事が出来ます。。
練習や合宿
で努力の重要性を体験(クリック)できるよう、
様々な仕組み作りをする事。
それが当クラブのコンセプト(方針・方法)です。
当クラブが目指す「プールから自然へ」も
その様なコンセプトから生まれました。(クリック)
[以下はコンセプトの一例です]
■「他者との比較ではなく、
その人が持つ身体能力と精神力をその時期における
最高の状態で 発揮出来るように」指導することです。
■「みんなが出来るから、或いは、出来ないからではなく、
今のその人が持つ最高のパフォーマンスが
発揮出来るように」導くことです。
それが結果的に、他者よりも優れた人を
創り出すかも知れません。
大会や競技会、記録会で勝つ事は
その結果だと捉えています。
その他のコンセプトとしては
(以下☆印以降をクリックすると詳細が分かります)
☆基本に忠実な水泳を身につけよう。
それが世界に通用する泳ぎです。
☆一生涯のスポーツにしよう1。
生涯スポーツとしての水泳説明2
☆「命を救う水泳」が一番大切。
1000mの泳力が付くまで、がんばろう。
☆本人と保護者とコーチが
一つになって、目的を成し遂げよう。
等々たくさんあります。
コンセプトとポリシーについて付け足します |
当クラブは水泳評価が非常に重要だと考えています。
良い評価は「自信」に繋がります。
また次の事への「やる気」を高めます。
その故に
様々な角度から水泳評価をするのが、ベストだと考えています。
評価を多様化する事が
当クラブのコンセプトの一つなのです。
当クラブの水泳評価の仕方(その理由)
評価には、絶対評価と相対評価がありますが、
当クラブの評価は級基準による絶対評価です。
日本スイミングクラブ協会が行う
「全国統一泳力認定会」も絶対評価です。
これに対して
大会や記録会等の他人と比較して評価する、
つまり
相手との違いにより評価する評価を
相対評価と言います。
相対評価は主旨ではないのでここでは説明しません。、
学校などの水泳級も絶対評価です。
当クラブが採用している絶対評価の説明をします。
絶対評価には
例えば10m面かぶりクロールが出来ると、
○○級と決まっています。
【これと それと あれ、の中で】【これ、】は
ここまで出来るから、こういう評価である。という方法です。
【これ】以外のもの、例えばボビングが25m出来ても
10m面かぶりクロールが出来なければ
○○級になれないのです。
評価基準が2つあったらどうでしょう。
10m面かぶりクロールか
ボビングが25m出来ると○○級です。
という具合です。
であれば、「やる気」は1つの場合よりも
ずーと刺激されます。、
【評価基準に含まれないモノ】については評価していないのではなく
出来ない事柄も ここまでは出来ているではないか。
出来る事柄については、 ここまでは出来ているという評価 |
すなわち「出来ないからこういう評価である」。ではなく
出来ない事柄もあるが
出来ない中でもこれは出来るではないか |
[全てに渉って、出来る事にこだわる。]
それが
「やる気」を出すためには、重要であると考えています。
他人ではなく、自分に勝たなければならない事を
(ポリシーすなわち理念はそこにある)
指導を受ける本人が理解すること、
「夢を実現するために努力するようになる
」その気持ちを持つこと。 それが重要です。
だから指導方針は
「明日の自分は今の自分よりも成長している。
それを練習により手に入れる事を目指す」
その気持ちを水泳で持てるようにする事です。
それには
技術(スキル)、パワー(力)、
スタミナ(持久力)、スピード(鋭さ・速さ)
全てをその方法で指導する必要があります。
(あえて言えば、精神力や心、つまり心技体、
にまでに渉る指導法をクラブはコーチ達に要求します。
以上のような方針に従って
組み立てた方法(コンセプト)で当クラブは練習をしています。
例えば
☆「プールから自然へ」を合い言葉に
(発展的自己向上プログラム)イベント
を行うのもその為です。
|
21世紀に入って、
選手を創り出す指導はどうなったか
?と言えば、健全です。
スポーツの本質は「競い合い」です。
見るスポーツも自分がするスポーツも本質は変わりません。
人である以上は勝者になりたいのです。
これは変わりようがありません。
選手養成のコンセプトは相手に勝つ事です。
相手に勝つためには、ご承知のように
今の自分を越えなければなりません。
相手に勝つ事は自分に勝つことでもあるのです。
選手養成の指導方法は相対評価の代表ですが、
その方法でも当クラブが採用している絶対評価と同じように
「努力する重要性」を自分のものにできます。
ただ一つのことを除いて。
それはその適応が「選ばれた人以外には効きにくい事」です。
選手養成の方針
この方法は「大多数の選ばれない人々」には
効果が薄いのです。
選ばれた人たち(ほんの一部の人々)は
そのカリキュラムに沿って練習しています。
当然です。
様々な大会、オリンピックでも勝ちたいのですから。
問題は
@選手にはならないのだと最初から決めている人 や
A将来選ばれないであろう人々 もまた、
ビギナーである最初から
その様なプログラムから導き出された初心者カリキュラム
で練習している点です。
つまり、
1: 健康のため(身体によいと言われる水泳を一生楽しく続ける)とか
2: 楽しみのため(ストレス発散し心の安定させるため)とか
3: お遊び感覚ではないが、選手は目指さず
、基本に忠実な水泳を学びたい、
正しい美しく泳ぎを身につけたい
、世界に通用する水泳技術を身につけたい
或いは
4:選手を目指していたが、育成クラス以上には成れないと分かった
などなどのこれら最も数の多い人々に対する指導カリキュラムが
当クラブの様に整っていない実情がある点です。 |
最初に述べたように
このような大多数の人々に対するコンセプトは
その一つの部門である水泳評価に対しても
「出来ないからこういう評価であるではなく出来ないものもあるが
これは出来るではないか、
【出来ないモノをよく見ると、
出来ないながらも、
ここまでは出来るではないかというモノがある】
という評価基準で行う事です。
それにより進歩していることが
本人に理解でき、「やる気」が出るのです。
「キックが悪から、あと1秒縮まらないのだ。相手に勝てないのだ」
というような評価から
「だからキック練習をあと10本やろう」
というような指導をしないことが肝要なのです。
勝つための指導だからその様になるとは限りませんが、
出来ないことの評価(=この場合「キックが悪い」=)から
次の練習が決められてしまうことが問題なのです。
「出来ないものもあるが・・・・これは出来るではないか」、
と言う発想はしなくなります。
「S字ストロークはそこそこ出来ている」
がキックが悪い。場合
「出来ているプルS字ストロークをのばそう」
とする発想はまず湧きません。
だってキックが悪いのですから。
「勝つための指導」がコンセプトにあると、
ほぼ間違いなく
「だからキックの練習をやろう」となります。
21世紀に入って15年たちました。
我々水泳関係者は「選ばれた人々」が
目指すピラミッドの頂点を「誰もが同じように目指す」
スポーツの時代は20世紀で終わった。
これからは
「選手にならない人々つまり最も数の多い層の人々」が
幸せになるためにスポーツをする時代になるから、
その様なピラミッドの頂点を目指す選手養成の
指導カリキュラムではいけないのだと、
20世紀の総括で確認した筈である。
我が国では
選手にならない多くの人々にとっての「暗黒の時代」、
「すなわちスポーツにおける中世」は20世紀で終わったのです。
21世紀は
選手は選手のカリキュラムで、
それ以外の人々には全く別のカリキュラムで
指導しなければならない時代なのです。
しかしながら
21世紀に入り15年たった今でも
新しいカリキュラムで行っているクラブは、
あまり見られないのです。
スペイン、聖家族教会 ガウディの代表作 未だ未完成 |
|
東京オリンピックが決まった昨年来
その傾向に拍車がかかっているのです。
試みに、
どこでも良いですからスイミングクラブに
問い合わせて見てください。
「どういうコンセプトで指導していますか?」と。
多分、
「初心者は泳げるようになるために」
「4種目ができるようになるように指導します」
そして「スピードが出せるようにしていきます。」
という答えが返ってくるでしょう。
[スピードを出す] このことが重要なのです。
その先に相手に勝つ競泳があります。
そうではなく自分に勝つ努力の指導があればいいのですが・・・。
相手に勝つ競泳=勝つことから導かれた指導方法で
習い始めの3歳の子供も、
健康のために泳ぎを覚えようと参加した大人も
選手(大人はマスターズ参加者)を
目指す初心者のカリキュラムで
練習を始めることになります。
問い合わせれば
「初心者は泳げるようになるためです」
との答え方をしますが、
それをくだいて言うと(細かく説明すると)
将来選手になるために初心者の時から
覚えなければならない事を教えています。
となります。
泳げるようにするための初心者指導は、
実は「選手になるための初心者指導」なのです。
これからの時代、
「選手は生むのではなく、生まれるのです」
正しい指導の基でそれは可能です。
生まれた後で、育てるカリキュラムは
今の選手養成カリキュラムで良いのです。
生まれる前から選手養成カリキュラムを
当て嵌める事は、出来ない相談です。
このことは20世紀の総括を
全国の幹部指導者とした時も指摘されたことです。
かつて一流選手であった者が主任コーチである
スイミングクラブほどその傾向が強いことが分かっています。
|
当クラブのある東京中央 (渋谷のNHKの目の前・国立競技場内)では 選手に成りたくはありません。 だけど水泳を覚えたいのです。 基本に忠実な美しい泳ぎ方、 通用する水泳を覚えたいのです。 |
以下余談です |
選手は選手を育てることはできます。
しかし以上のようなコンセプトが必要になる
これからのスイミングクラブのコーチは
たくさん勉強を積む必要があります。
今コーチになっている人が
選手になれたのには理由があります。
根本的に人より抜けている要素を数多く持っていたのです。
(パワー・スタミナ・スピード・スキル)
などを身につけるための
基本の素質に恵まれていたのです。
普通の人にそれを求めてはいけない
そのことは分かっているのですが
自分の基準が指導の時に出てしまうため、
指導目的を誤る場合がおおおうにしてあります。
これは本人にとっては仕方の無い事なのですが、
指導を受ける側にとっては重大な問題です。
良い選手=良いコーチではないと、
競技スポーツではよく言われます。
この問題は「選手を目指さない子供や大人」が増えている
スイミングクラブという業界では更に深刻です。
スイミングクラブにとってそれは致命傷になる問題なのです。
アスリートは人々の憧れの対象です。
選手であった皆さん、心して指導にあたってください。